「グラバーは前庭の見事な老松に因んで、その邸宅を“IPPONMATSU”(一本松)と呼んだ。
最初の頃この巨木は邸宅の外にあったが、後に温室が増築され、その屋根から突き出る恰好で
建物と一体となる。
明治27年(1894)老松が病気に侵され、切り倒された後も、この邸宅は「一本松」と呼ばれ続けた。
屋内には、天井の隠し穴に梯子を立てかけて上がる和風の狭い屋根裏部屋がつくられ、
歴史的に重要な意味を持つことになる。
その部屋には襖と畳があったが、窓は取り付けられていなかった。
明治維新前の不穏な頃、グラバーは倒幕を図り、彼の手引きで海外への
渡航を密かに狙っていた若い憂国の志士たちに、この隠れ場を提供した。
国内にわだかまる紛争の種を逆手にとって、それを維新の大樹に育てるために
(ブライアン・バークガフニ「花と霜−グラバー家の人々−」から)